特発性冠動脈解離(ISCAD)とは
1.「特発性冠動脈解離」とはどのような病気ですか?
⼼臓には冠動脈とよばれる⾎管が3本存在しており、⼼臓の筋⾁に⾎液を供給しています。
⼼臓は冠動脈から供給される⾎液により拍動し、脳・肝臓・腎臓など全⾝の臓器に⾎液を送っています。
一般的に急性心筋梗塞は、高血圧・糖尿病・脂質異常症などの生活習慣病や喫煙歴を有する方に発症しやすい病気です。一方、特発性冠動脈解離による心筋梗塞や不安定狭心症は、高血圧、糖尿病、脂質異常症や肥満などの生活習慣病の病歴が少ないにも関わらず発症するという報告があります。また、40~50歳台の女性に多いことが特徴です。
特発性冠動脈解離の発症機序
冠動脈の壁は3層構造(内膜・中膜・外膜)でできています。特発性冠動脈解離は、血管の内膜あるいは中膜に何らかの原因で亀裂(解離)が生じます。亀裂(解離)が生じた血管の壁がはがれるこことにより、血管内が狭くなったり完全に閉塞してしまい、心臓の筋肉に⾎液の供給が不⾜して⼼筋梗塞 (⼼臓の筋⾁の壊死)を発症します。
心筋梗塞に伴う合併症
心筋へのダメージが大きい場合、心臓の働きが悪くなり心不全を引き起こしやすくなります。心不全を起こすと、倦怠感や身体のむくみ、呼吸困難を生じます。また、命にかかわる不整脈を生じることがあります。
特発性冠動脈解離による全身血管への影響について
特発性冠動脈解離を発症した方には、冠動脈だけでなく他の血管に解離を伴っている場合があります。例えば、脳に血液を供給する首の血管(頸動脈)に解離が発生し、脳への血流が不足して脳梗塞を発症することがあります。他には腹部の血管が解離することもあります。このため、特発性冠動脈解離を発症した場合、CTやMRIなどにより全身の血管の検査を行うことが大切です。
特発性冠動脈解離についての研究
これまでは日本でまとまった報告がありませんでしたが、日本人を対象とした最大規模の研究成果を、国⽴循環器病研究センターを中心とした研究グループが2016年に発表しました。
本研究では全国20施設の2000年から2013年までにおける、急性心筋梗塞症患者20,195例を対象に解析しました。このうち特発性冠動脈解離が原因による心筋梗塞の患者は63例に過ぎませんでしたが、50歳以下の女性130例に限ると、原因の第2位が特発性冠動脈解離で35%(45例)を占め、さらに1ヶ⽉以内に特発性冠動脈解離の再発リスクが⾼まることを報告しています。また、平均発症年齢は46±10歳で患者の94%(59例)が比較的健康な女性であり、最大の誘因は精神的なストレス(29%)でした。
2. この病気の原因はわかっているのですか?
これまでの研究では何らかの遺伝子の異常、女性ホルモンや血管が脆くなる病気の影響などが考えられています。その他、出産、過度の精神的ストレス・肉体労働・運動等の関与も考えられていますが、その詳細な原因はまだわかっていません。
3. この病気はどのような症状がおきますか?
典型的な症状は、胸の痛み・圧迫感・締め付け感などですが、冷汗や嘔吐を伴う場合があります。胸の症状ではなく、左肩・頸部・顎や奥歯の痛みを訴える方もいます。症状があっても我慢してしまい、命にかかわる変化が起こってから病院に受診することも少なくありません。
4. この病気はどのように診断するのですか?
特発性冠動脈解離は、冠動脈の詳細な評価が可能なカテーテル検査(冠動脈造影検査)により、血管の解離が見つかった場合、診断に至ります。しかし、冠動脈解離のタイプは多彩なため、カテーテル検査でも診断が困難なことがあります。その場合、他の検査結果(血管内イメージング装置、CT、MRI等)を参考にして診断する場合もあります。
5. この病気にはどのような治療法がありますか?
薬物治療
欧米の研究では、特発性冠動脈解離の再発予防にベータ遮断薬が有効であると報告されています。ベータ遮断薬には心拍数を抑えることで心臓の負担を減らす効果がある一方で、⾎圧を下げる作⽤があるため、投与量を慎重に調整する必要があります。
また、冠動脈の解離した血管の状態によっては、⾎液を固まりにくくし冠動脈が閉塞することを予防するアスピリンの内服を追加することがあります。
心臓リハビリテーション
心臓リハビリテーションを有する施設では、心臓の機能を回復させるためにリハビリテーションを行います。心臓リハビリテーションとは、身体機能の回復促進のための運動療法や心筋梗塞再発予防に向けて行われる生活指導、栄養指導、内服指導、禁煙指導、カウンセリングなどの包括的なリハビリテーションのことを指します。血圧測定や心電図検査を行ない、回復具合をモニターしながらリハビリを進めていきます。
経皮的冠動脈形成術
一般的に急性心筋梗塞の場合、冠動脈狭窄部位に対しカテーテル治療が行われます。しかし、特発性冠動脈解離の場合、カテーテル治療そのものによって冠動脈の解離が悪化する場合があります。このため、冠動脈解離を認めていても⾎液の流れに異常がない場合や胸部症状が消失している場合には、カテーテル治療を行わずに薬物療法を行います。一方で冠動脈解離によって血流が著しく低下している状態や胸痛が持続している場合は、バルーンやステントなどの器具を⽤いてカテーテル治療を行うことがあります。
冠動脈バイパス手術
薬物治療やカテーテル治療が難しい場合は、外科的に冠動脈バイパス手術を行うことがあります。冠動脈バイパス手術とは、体の中の別の血管(バイパス血管)を使って、冠動脈の狭くなった部分を迂回し、その先に血液が十分流れるようにする手術です。